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今回の社会医学会で学んだこと:アドボカシー/宇都宮から帰還

社会疫学、健康格差の勉強をしているとアドボカシーという言葉が出てきます。日本ではその使われ方が二通りあるということに気が付きました。まず、リーダーズ英和辞典でadvocateをひいていみるとvt 弁護する、擁護する;唱道する n 主張者、唱道者;代弁者、擁護者というような訳、advocacyはn 弁護、支持;唱道、主張という意味が書かれています。つまり、自分が主張することと、誰かのために代弁するという二通りの意味があるわけで、健康格差関係で使われているアドボカシーはもともとどっちの意味なのかとおもっておりました。最初は、私は代弁するという意味と理解していたのですが、勉強しているうちに唱道するという意味でも使われているようで...

・今回の社会医学会の教育講演で「社会医学とアドボカシー:外へ内へ」というものがありました。講師は神馬征峰(じんばまさみね、東京大学・国際保健)先生でした。アドボカシーはオタワ憲章あたりから出てきたみたいですね。その内容は神馬先生の書かれている論文をご参照ください↓


アドボカシー実践に必要な 2 つの成長




グローバルレベルのアドボカシー: エイズアドボカシーからの教訓 





で、今回驚いたのは、アドボカシーのトレーニングと言うか教育プロブラムが提唱されているということ。アドボカシーもトレーニングでスキルがあがるのね。それについては↓


アドボカシースキル向上セミナーの報告 ―若手の声―




「動かす」力を培うためのアドボカシースキルアップ




とりあえず、今日はここまで。




以下今日の日記

・本日7/23(月)は宇都宮のホテルで6時起床。7時過ぎにチャックアウトしてJR宇都宮駅へ。駅前の餃子店で焼き餃子と水餃子の朝食をとり、お土産を買って、あとはひたすら岡山へ。14時過ぎに帰宅。汗ダラダラになったのでシャワーを浴びて出勤。16時から夜間診療。大きなことなく終了。帰宅は19時半。コロッケ、ミンチカツ、辛ラーメンの夕食。おなかがいっぱいになり過ぎてお風呂入れないので、このブログを書いております。さて、これから入浴してさっさと寝ましょう。


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宇都宮にて:寿司屋とバーはカウンターが命

・お久しぶりです。ちゃんと生存しています。また7/6,7と大雨でしたが、幸い私個人宅および勤め先の病院は無事でした。ただ、大雨に影響で当院の職員さん達が被災されているし、被災された方およびボランティアの方々が、調子が悪くなって入院や外来受診することがつづいています。また、山陽本線も完全には復旧していなく、私の家から岡山大学医学部に通学するのに結構支障があります。でも、無事ですのでご安心を。

・さて、7/20(金)より栃木県の宇都宮へ来ております。社会医学会という小さな学会へ参加するためです。そのことは、ボチボチ書いて参りますが、今日のブログは、今日のことのみ。

・今日は、午前中が学会。午後から学会の企画の足尾銅山見学ツアーでした。足尾銅山については学生時代公害に関する勉強をしたとき、一応学んだつもりですが、ほとんど忘れていました。また、新たな学びもあったように思います。思い出したのは、足尾銅山は鉱毒のみでなく、大気汚染の問題もあったということ。新たな学びは、被害にあった村民が北海道に移住させられたということ。もういっぺん足尾銅山について学び直そうと思いました。

・ツアーから17時半頃宇都宮市街にかえってきて、バスから降りてまず餃子をたべようとおもったら、たまたま大きめの文具屋さんがあり、そこでお買い物。ちょっとかわいい定規とマスキングテープ、ペンシル型の消しゴム、「すきま日記」を買いました。その後、餃子屋さんへ。焼き餃子と水餃子。それからホテルに戻って一服した後、バー・シャモニーということろへ。これは、私の同僚の友達のご紹介。まず良かったのは、禁煙だったこと。最初にジントニック(わたしにおける居酒屋での「とりあえずビール」感覚)。その後たのんだ季節のフルーツのカクテルはラムベースでマンゴー・パイナップルでしたが、濃厚でおいしかった。あとは、ギムレット。で、コースターがないので、マスター?なぜコースターを使わないのか訊いてみたら、グラスを置いたときの音を聞いてほしいからと。実は、気がついていたのですが、カウンターの木が一枚板でとても長く、とってもよさげでした。「これはただものではないな」と思っていたのですが、マスターこだわりのカウンターですね。(まあ、どこのバーでもカウンターにはこだわっているでしょうが)彼曰く、「寿司屋とバーは、カウンターが命」と。また、「コースターはぬれてひっつくじゃないですか。美しくない。」と。この「美しくない」というセリフは私が通っている疫学・衛生学の助教の先生がよく使っていた(現在ハーバード留学中)言葉。似たような人がいるんだなと感心。その後、有名餃子店みんみんへ。メッチャならぶようならやめようと思っていましたが、日曜日の夜で、ラストオーダー間近だったので並ばずに入れました。宇都宮に来て餃子屋はたしか6店舗は入ったのですが、一番接遇が良かったです。(わたしのfirst contctの駐車場を整理していた女性の守衛さんからしてよかった)お味は、水餃子がよろしかった。(結構酒に酔っていたので、味の評価はとてもあてにはなりませんが)

・まあ、今日は、私の生存確認のようなお話でした。明日は、朝チェックアウトして岡山へ。夜間診療に間に合うように帰ります。


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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY7:最後の試練:パリ市街閉鎖、ロストバゲッジ

皆様こんばんは。本日のブログは日本で書いております。ということは、無事日本に帰ってこれたということですが、それまでには、大変な苦労があったのです。

・本日7/2(日)は6時に起きて6時半に朝食済ませて、7時から散歩。(ぐっすり寝ている長女はほったらかし)ホテルから20分くらい歩いてオペラ座へ。その周りを1周して建物がどんなものか観てきました。途中中年女性から英語でスターバックスはどこですかと訊かれましたが、私もstrangerで分かりませんと応えました。帰りは地下鉄ののって二駅。地下鉄の乗り方は習得できたとおもいます。で、ホテル周辺を散歩しながら水が買えるようなスーパーを探しましたが、一つはあったものの閉まっていました。日本みたいにコンビニがあるわけではございません。長女が起きて朝食摂って支度して9時半チェックアウト。長女は散歩しながらタクシー拾おうと言っていましたが、でたらすぐタクシーが通りかかったのでそれに乗車。映画俳優のようなカッコイイお兄さんでした。ところが、ここで問題発生。タクシーの行く道行く道が閉鎖。なんと本日パリ市内のマラソン大会だそうで、いろいろ道が閉鎖されているのでした。問題は、何も表示がなく閉鎖されているので、そこに行ってはじめて通れないことが分かるという日本ではまず考えられないことが...お兄さんも大きな身振りで、さしずめアメリカ人のガッデームという感じでした。最終的には、この道がだめならバスでいってくれと言われてしまいました。。鉄道はまだしも、バスは大丈夫かとおもっていましたが、やっとパリ市街を出られる道がみつかり、すっとぱして空港へ。お兄さんにはちょっと多めのチップをおわたししてお別れ。あとはまずeチケットで手続き。荷物もまあ預けられたのでしたが、入国審査の行列が長いっ!それでやっと入国審査が終わり中には入れたら、我々の出発するゲートは電車に乗らないといけないので、それに乗って登場口まで。するとなんともう登場が始まっております。最初の計画では、余裕でついて空港内のお土産売り場でゆっくりお土産を買うつもりが、ジェンジェンそうではなく、とりあえず目の前のお土産売り場で目についたものを購入。で、搭乗。あとはフライト約11時間。今回席は長女と離れ離れ。私は三人掛けの真ん中。私の一番嫌いな咳ですが、左が若い娘さん、右がマダムでオッサンでなくてちょっと安心。(自分のことは超棚上げ)驚いたのは若い娘さんフライト中1回もトイレにいかなかったこと。マダムは2,3回行っておりましたが。私もそれに合わせてトイレに行きました。で、ここである仮説が:いわゆるエコノミークラス症候群を起こす人は、座席では真ん中の席が多い。何故なら水を飲んだら、トイレに行かないといけないが、真ん中の席だとなかなかいけないので、自然水分をとらないようにするから。これは、症例対照研究ができるかな。

・フライト中は、映画の『ジオストーム』(あまり期待してなかったけど、結構面白かった)や既にみた『スターウォーズ最後のジェダイ』とCDでモーツァルトの曲をアコーデオンでひいたものやバッハのフランス組曲等を聴いておりました。そして、無事成田に到着。入国審査は超簡単。パスポートの写真をスキャンして、その後目の前のカメラで写真を撮られて顔認証。その後、係官のまえにいくのですが、あっさりどうぞでおわり。そして、預けたいた手荷物をうけとりに。ここで事件発生。

・私の手荷物は比較的早く出てきたのですが、長女のがなかなかでてこない。最後になっても出てこない。で、カウンターへ。どうも荷物はまだパリにあるようで...なんかいろいろ手続きがややこしそうで、長女はやさしく「時間かかるから、お父さん先に帰っていいよ」といってくれました。私は心を鬼にし、涙を拭き拭きて岡山へ帰ってまいりました。(長女は、ただずっと父親といたくなかっただけかもしれません)

・帰宅は15時25分くらい。16時から外来ですが、間に合わないと思って代診をお願いしていたのですが、これなら間に合うと、出勤。16時から18時まで外来をいたしました。1週間も開けていると勘がくるっておりまして、電子カルテのパスワードも忘れてましたわ。で、無事外来が終わって、帰宅です。久々に湯船につかりました。で、夕食。日本の缶ビール飲んで、缶のジムビームのんで、現在山崎の水割りを飲みながらこのブログを書いています。さて、明日から完全に通常モードですが、果たしてついていけるか?私は不安だ。

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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY6:モンサンミッシェル

・6/30(土)は、μ(ミュー)という観光業者さんのバスで、パリからモンサンミシェルへ。長い!!メッチャパリから遠い。5時間弱バスでかかります。まあ、バスは結構いいもので、乗り物による苦痛はありませんでしたが。当然結構バスの中で寝ていましたが、ふと目を覚ますとまさに印象派の時代の絵の情景。牧草、牛や羊、木、おお、これはあの絵の世界と変に感激いたしました。行きの途中ポン・レヴェック村というところに休憩でよりました。全然知りませんでしたが、ポン・レヴェックチーズって有名だったんですね。お土産に購入いたしました。

参照 チーズクラブ 



・で、長ーい往路のすえ13時頃にモンサンミシェル近くに到着。まず、レストランで昼食。卵半分で作ったオムレツ+豚肉???の昼食。それからモンサンミシェルの観光です。残念ながら寺院の周辺は引き潮で干潟がでており、あの幻想的な海に浮かぶ風景はみられませんでした。それにしても、でかい。ちょっとこれだけでびびります。で、全然した無かったけど入り口はいってからちょっとの間「商店街」があるのですね。何か、映画で観る城の中の市場の感じ。そして長い階段をあるいて寺院の内部へ。やっぱすごいなと。テラスからみる海の風景および陸の風景もなかなかのものでした。(ノルマンディーとブルターニュの境を流れるクエノン川をみることができました。)モンサンミッシェルは、その建物のみでなく周りの風景ひっくるめて観光の名所なのですね。

・バスは16時40分出発。私と長女は別々に行動して集合地点にもどったのですが、長女はなかなか戻ってきません。結構一緒にこうどうしていてもはぐれたりするんですが、今回別々行動して失敗したなと焦りました。LINEで電話しても反応し無し。出発直前に思いもしない方角から長女出現。モンサンミシェルから駐車場までシャトルバスがでているのですが、降りるべきところを通り越してしまったとのこと。何とかバスの運転手さんに聴いて、本来の地点にもどってきたとのこと。運転手に聴いたと行ってもフランス語が話せるわけではない、英語も苦手。なんと昼食を摂ったレストランの写真をみせて分かってもらったとのこと。(その前ポン・レヴェック村に行ったときチーズを売っているお肉屋さんでカウンターに並んでいるタルトの様な軽食を娘が買おうとしたとき写真を撮ってそれをお店の人にみせればよいよというアドバイスがきいていたかも)

・娘と会えてホッと一安心。あとは長ーい復路。途中途中サービスエリアによって水とアイスクリーム買ってあとはひたすらパリへ。21時半近くにオペラ座到着。その後近くのレストランで夕食。コースではなく、前菜(タイ風サラダ)、メインディッシュ(サーモン)、デザートと赤、白のグラスワインをいただきました。あとは、ホテルに帰ってそのまま就寝。

・それにしても、死ぬまでの間にモンサンミッシェルに行けるとは思ってもいませんでした。多分パリには今回のことがなくても一度はいったと思いますが、モンサンミッシェルまでは、足を伸ばすことはなかったでしょう。長女に感謝です。ただ、残念なのは、モンサンミッシェルに行ったらそれだけで1日がつぶれること。バスに乗っている時間の方がながいということ。いたく残念ではあります。

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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY5:レースを編む女、天文学者、ニケの像等観る

6/29(金)は、朝ブリュッセルを出てパリに行く行くはずだったのですが...

・朝7時頃ホテルで朝食を摂って8時20分チェックアウト。プレメトロに乗って無事にブリュッセル・ミディ駅に到着。電光掲示板を見るとパリ北駅のタリスが30分遅れと。仕方ないので駅をブラブラして待っておりましたが、どんどん電光掲示板のおくれているという時間が増えていって最終的には1時間ちょっとの遅れ。それでも何とか到着して、何とか乗り込めました。あとは、パリに行くだけ。問題は駅で待ち合わせしているとガイドさんと合流できるかですが...

・ブリュッセルの駅は電車の遅れについては、電光掲示板で分かるように出るのですが、パリ北駅はそうではないみたいです。我々を待っていたカイドさんは最初にタリスが遅れているという情報さえ分からなかったとのこと。その後アナウンスで遅れると言うことで駅員さんにどのホームに着くかと聞いたら〇番、ところがそちらにいったら×番と違うことを教えられ、我々がついたときは他の列車も到着して降りてきたお客さんがいっぱい。ということで、私たちとあうことができず。当然私たちを捜し回り、私たちもガイドさんを探し回りました。・・・幸い何十分か後に、合流できました。で、車でホテルに連れて行ってもらいチェックイン。荷物を置いてパリ観光開始です。

・まず、地下鉄でルーブル美術館へ。もう、人がいっぱい、美術館は広い広い。当然ゆっくり絵を見ることができず、モナリザ、ニケ、ミロのビーナスを観て、ナポレオンの戴冠式、フェルメールの絵2点(レースを編む女と天文学者)を観てあとはザーと観て終了。(私、ニケの像が好きでした・・・何か変な表現ですが、あの羽の形がなんかとってもよいんですねぇ)15時半頃にやっと食事。その後ノートルダム教会へ。とっても残念ながら有名なステンドグラスは何かのイベントのため観ることができませんでした。その後歩いてパリで一番おいしいと言われているアイスクリーム屋さんに行って、セーヌ河岸でそれ食べて、後はタクシーでコンコルド広場、凱旋門をみてエッフェル塔の見えるところへ。エッフェル塔は実物をみたら、その曲線が美しいと感じました。それにて観光終了。メトロでホテル近くまで帰ってきて、後は徒歩。途中スーパーによって水を買ってホテルへ。スーパーで氷を買いたかったのですがそのスーパーになし。いったんホテルに帰ってまた近くに違うスーパーによって氷をゲット。それでビールを冷やしております。(止まったホテルはibisですが、アムステルダムでパリでも冷蔵庫はついておりません)・・・十分冷えていないのですが、先日ブリュッセルで買った超レアのトラピストビールをのいながらこのブログを書いております。

・明日は、朝早くからモン・サン・ミッシェルへまいります。多分バスの中で爆睡するでしょう。

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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY1、2:夜警、牛乳を注ぐ女等観る

・皆様こんにちは。時差が7時間あるベルギーからの「通信」です。当分医学記事はかかず、日記のみでございます。

・6/25(月)は10時半頃成田空港をKLMで出発。10時間くらい飛行機に乗っていたのでしょうか。最初腰が痛かったのですが、ポジショニングが決まってから少し楽に。フライト中ほとんど、映画を観ておりました。4本映画をみることができましたが二つは日本語字幕がないもので英語で聴いておりましたが、自分のリスニング能力のなさを改めて痛感いたしました。観た映画は、『Mase Runnner death cure』(これはシリーズもののメイズ・ランナーの最新作ですね)『Mr. TURNER』(画家のターナーを描いたもの。私が勝手に今までイメージしていたのと全然違う人物像でした。)『Loving Vincent』(画家のゴッホに関するアニメーション。アニメといってもゴッホの作品を動画にしています。「ああ、これあの絵ね」という感じでみられます。最初の導入の「けんか」のところで登場人物をみて笑ってしまいました。)『ジュマンジ』(日本語吹き替えでした)。最初の作品から何十年たったのでしょう?懐かしい。そして、映画の合間に『地球の歩き方』をみて予習。

・いよいよオランダが近づいてきてフライトが終わる頃、緊急連絡で「お医者様はいませんか?」のアナウンス。「ウソやろ」と思いながらも腹をくくって出て行きましたが、他の外国のDr.が既に対応してくれていてホッとしました。

・6/26(火)空港に着いたのは、15時前ですが、出国手続きにかなり時間がかかりましたが、無事日本人のアシスタントさんと合流。車でアムステルダムまで。簡単なオリエンテーションを受けてお別れ。その後長女と一緒に街歩き。9streetsというセレクトショップ街へ。まあ、買い物をするわけでもなく街と人をみて楽しんでおりました。そしてそこのカフェ?パブ?で夕食。帰りにスーパーによって買い物してホテルにもどって、その日は終了。

・6/27(水)は朝食後ホテル近くを散歩。「船の家」をたくさんみました。それから歩いて国立ミュージアムへ。途中フラワーマーケットをみながらブラブラ歩いて行って、ミュージアム近くでブランチのようなかんじで昼食+ビール少々。それから国立ミュージアムへ。観るものが多いので、涙をのんでいろんな展示物をスルーしてとくにみたいものだけチェック。レンブラントの夜警、フェルメールの牛乳を注ぐ女等を観ました。その他いろいろみたいものがありましたが、疲れてしまってギブアップ。ミュージアムショップで買い物してミュージアム広場で寝転んで休憩。目の前にゴッホ美術館をみながら、時間的および肉体的にムリと考えて、涙をのんで入館しませんでした。その後は、帰りながら街をみながら、デパートによってチーズ買ったりしてホテルに戻りました。一服後、夜(と言っても22時ころまでは明るい)に運河ディナークルーズへ。2時間ばかり川の方から街をながめていました。お隣に座られたのは老夫婦。旦那さんがアムステルダムでクルーズ船のコースの街でうまれたとのこと。ほんのちょこっとだけお話してクルーズ終了時握手してお別れ。クルーズ運河から見る街と歩いてみる街の風景が違って見えて、いとをかし。クルーズ後はホテルに帰ってビール飲んで寝ました。(ビールはコンビニのようなスーパーで買ったAmstel beerのピルスナー)

・それにしてもアムステルダムの街並みはよかった。お店や美術館で接した人たちもみんな愛想がよくて親切でした。

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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY4(略してオベフの旅):『神秘の子羊』を半分観る

皆様、現在私ベルギーのブリュッセルにいて時差があるのでどのような挨拶をすれば良いのかわかりませんので、おはこんばんは。

・スター・ウォーズのシリーズのように1話から順番に話が進むのではなく、わたしのオベフの旅も順不同にかいてまいります。(実は、WiFiがうまくつながらず、DAY1,2,3がアップできなかったのでした)

・本日6/28(木)は、ベルギーのゲント+ブルージュの旅。と言っても「それ何処よ?」という日本の皆様が多いと思います。かくいう私もジェンジェン知らないところでした。(今回のツアーは長女にまかせていたので)

・朝6時過ぎにおきてホテルで朝食。あと歩いてブリュッセル中央駅へ。そこでガイドさんと合流して快速でゲントへ。駅前から路面電車に乗って市街中心部へ。そこでガイドさんのお話を聴きながら散策。わたしの希望で聖バーフ大聖堂へ。別に私はクリスチャンではないのですが、そこでファン・アイク作の『神秘の子羊』を観たかったからです。で、観ました。ガイドさんのお話を聴きながらみると、「フーン、なるほど」という感じ。私以前から昔(15世紀くらい以降?)から衣服の質感がすごくリアルだなと思っていたのですが、そのバックグランドとして絵の注文者のブルジョア、ゲントでは毛織物商人がその絵を「カタログ」として利用していたということ。絵のうまい画家に毛織物の質感をきちんとだしてもらって、それで売りこむという一面があったと言うことですね。ところで、この絵は何年も前から修復中。展示されていた絵の下半分はカラーコピーということ。でも、これがコピーということは全然観ても分かりませんでした。ついでに言うと、絵の一部分は盗まれておりその部分は「贋作者」に頼んで描いてもらったとのこと。ただ、修復するときその「贋作者」が余分な人物を描き込んだとということでした。へーっ、と20へーでした。

・次に鈍行に乗ってブルージュへ。駅からあるいてブルージュの街の散策。お昼ご飯は、デ・ハルトマン・ビール醸造所へ。知っている人は知っている、ピエロのマークのZOTというビールを作っているところです。おいしくビールをいただいて、散策。これまた、わたしの希望でメムリンク美術館というところへ。ここは、元病院だったところ。古ーい医療器具も展示されておりました。また、解剖の風景の絵も。処刑された人の死体を使って解剖がおこなわれ、その所見がターヘルアナトミアへ反映されたとのこと。以前九州の国立博物館でヴサリウスの解剖学書を見たとき、ああ、この「先輩」達の礎の上に自分がいるんだなと思いましたが、今日もまたおなじ思いをいたしました。

・その後30分程度運河クルーズ、ハーゲンダッツのお店で休憩等して電車でブリュッセルへ。中央駅からグランプラスによってホテルに18時半くらいに到着です。で、一服しながら昨日買った超レアなベルギービールをのみました。つまみはクラッカーにアムステルダムで買ったチーズ。かなりうまい。それからこのブログの下書きをして長女と再び街へ。ワールドカップ(ベルギーvsイングランド)の見えるカフェに入って軽い夕食。メッチャサッカーの試合にみんなが盛り上がっているかと期待してカフェに入りましたが、そうでもありませんでした。何故なら、既にベルギーは決勝トーナメント出場が決まっていたからみたいです。で、決勝トーナメントはベルギー対日本ですね。

・カフェから帰ってきて、このブログを書いております。これから風呂には行ってねます。明日はパリです。

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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY0: 相田みつを美術館/6月10日までの日記

・皆様お久しぶりです。6月は過去1回しかブログをアップしておらず、私の生存を心配された方もおられると思いますが、ちゃんと生きております。

・さて、今回の標題にあるように突然ですが、6月25日より欧州へ行って参ります。現在成田空港近くのホテルでこのブログを書いております。

・本日6月24日(日)は朝早く家を出て新大阪へ。そこで振動病の研究会に参加して、それが終わってから東京へ。夕方東京国際フォーラムにある相田みつを美術館へ。国際フォーラムには10回以上は来ていると思うのですが、美術館はあるなとは思っていましたが入ったこと無し。今回初めて入ってみましたが、結構面白かったです。そもそも私は相田みつをという人を学生時代全然知らなくて、ああ、自分は無知だなぁと思っていたのですが、彼が「ブレイク」下のは、私が医者になって2年目ということでした。まあ、知らなくてもあたりまえだったのねと「安心」いたしました。

・美術館を見終わってからは、八重洲ブックセンターへ。18時に長女と落ち合って夕食とって成田空港へ。そこからバスでホテルへ。チェックインは22時過ぎ。お風呂入って現在ゆっくりしています。

・それではお休みなさい。




以下6月1日から6月10日までの日記


6/1(金)午前外来、午後最近当院にパートできてもらいだしたDr.に私の腰の筋膜リリースをしていただく・・・その後打ってもらって所はらくになりました。その後いったん帰宅して水島へ。18時から4病院合同の感染対策の会議。実際職場を回ってチェック。20時におわって、水島の料理屋→バーへ。「チームろくでなし」と言われている方々と飲み会。この人たちにだけ、ボケとかカスとかアホとかろくでなしと汚い言葉を浴びせます。その後、スーパーホテルに宿泊。

6/2(土)スーパーホテルで早起きして大学へ。8時40分から夕方まで、統計学の集中講義。まじめに帰宅。

6/3(日)午前中は地域の「溝掃除」。草かって、溝浚えて、ヘロヘロになりました。作業後体重1.2kg減少。シャワー浴てビール飲んで昼寝。その後勉強、片づけ等。

6/4(月)午前中大学で勉強。午後は病院で仕事。

6/5(火)午前中外来。午後から大学。この日は私のCA:critical appraisal。何とか無事におわったかな???その後19時から21時まで岡山市北区の「コア会議」(地域包括ケアの勉強会)帰宅は22時過ぎて結構ツライ。

6/6(水)午前外来、午後カンファレンス、夜間診療。その後最近パートできていただいているDr.の歓迎会。

6/7(木)午前水島で産業医学科外来。午後玉島に戻って産業医面談。夜いったん帰って19時半から金光町のコミュニティーセンターで医療福祉の勉強会・・・いろんなつながりをつくるためカフェをしようという言う話に。

6/8(金)午前外来、午後呼吸器回診。その後水島へ行って労災関係の書類作成。帰宅後配偶者、三女と三人で笠岡のタニモトという焼肉屋さんへ。例によって食べ過ぎて苦しい...

6/9(土)1日疫学の集中講義。帰宅後飲酒。

6/10(日)水島へ行って自分の研究のためのデータ入力・整理、頼まれている講演の準備。

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ペンバートン徴候/生存しております・・・ハブライブ ラブライフ行ってきました

・標題のペンバートン徴候Pemberton's signは、残念ながら私の手元にある『医学書院医学大辞典第2版』にも『南山堂医学大辞典第19版』にも載っておりませんでした。まずは、NEJMのIMAGES IN CLINICAL MEDICINEのレポートをお読みください。



Pemberton’s Sign in a Patient with a Goiter



(読まれたことを前提に)と、言うことです。両腕を挙げると顔が鬱血して赤くなると言うものですね。Videoもあって、分かりやすいですね。これは、甲状腺腫大に限ったものではないそうなので、ご注意を。


関連したブログ↓







あっという間に以下日記

・5/27(日)以降、ブログ記事をアップしていませんでしたので、熱心な読者の方は私の生存を心配してくださったと思います。(←そんなわけないやん。凡例:←はツッコミ)

・本日6/10(日)は5時半頃起きて、まずは、来週赤穂で頼まれている講演の準備。朝食後、水島へ。病院で9時半から13時半くらいまで、自分の研究のためのデータ入力・整理。14時40分ころ帰宅して、遅めの昼寝。その後部屋の整理しながら事務作業。夜は録画の「マツコの知らない世界」を観ましたが、たらこスパゲティが無性に食べたくなりました。現在、アルコール摂取しながらこのブログをかいております。

・で、いつものように過去(5月分)を振り返ります。(もう、ほとんど忘れていますが)

・5/28(月)は午前は大学で因果推論の勉強会。午後から病院で外来、そして当直。当直は大きなことはなかったような気がする。(もう、忘れている)

・5/29(火)は、午前外来。午後から大学で勉強でした。

・5/30(水)は、午前来来、午後カンファレンス、夜間診療でした。

・5/31(木)は、午前外来、午後は事務作業、読影して早引きしていったん帰宅。有漢町でおこなわれる「第4回 ハブライブ ラブライフ」という野外ライブへ。17時15分に家を出て金光で大学院の後輩のS先輩(後輩だけどわたしを下僕のようにつかうので、先輩とよばさせていただいております)をひろって、有漢町へ。まずは、露店(と言う言い方はまだいきているのか)で、腹ごしらえ。19時から21時まで、野外ライブです。あふりらんぽう、マレウレア、サキマンゴー、ハブヒロシ、UAという方々の出演。やっぱり、生で音楽聴くのはいーなー。これで、ビールが飲めれば最高だったのに。ところで、何故このライブに参加したか?出演者の一人(で、運営の中心)のハブヒロシさんが、私の大学院の後輩だったから。で、S先輩がいこうやとさそってくれたから。誘われなかったらいかなかったかな。個人的には、アフリランポウが良かった。(歌詞全然ききとれなかったけど)特にドラムが腹に響いてロックだぜー、という感じ。最後に出演者みんなで歌っていた「長蔵音頭」というのがよかったな。ぜひCDにしてほしい。買うよ。(高くなければ・・・ああ、小市民)

・ということで、とりあえず過去を振り返りましたが、ほとんど忘れています。配偶者がよくいってくれます、「毎日新鮮でいいね」と。

・これから、もう少し講演の準備して早めに寝ます。明日は午前大学、午後病院。夜は、はたしてたらこスパゲティになるか?





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他人の手徴候=エイリアン・ハンド・サイン/久々のそば打ちと草刈り

・医学を学んでいると、「へーッ」となんか小説のようなことがあります。やはり、事実は小説より奇なり、ですね。標題の「他人の手徴候」って、何じゃ?ですが、『医学書院医学大辞典第2版』の説明によると↓


他人の手徴候

alien hand sign

森悦朗〈もり・えつろう〉と山鳥重〈やまどり・あつし〉(1993)によれば,一側の前頭葉損傷で,損傷と反対側の手に本人の意図に反して強制的な反射的運動が生じ,もう一方の手はそれを抑制しようとする,左右手の解離性運動抑制障害が出現する。他人の手徴候とは,一方の手が不随意にある程度まとまった運動を起こし,他の解離性運動抑制障害(本態性把握反応,運動保続,道具の強迫的使用,拮抗性失行)の定義に属さないものをいい,通常左手にみられ,多くの場合左手の失行・失書など脳梁離断症状および本態性把握反応を伴う。ブリオン(Brion S)とジェデナク(Jedynak CP)が記載(1972)した脳梁損傷により視覚なしに左手を右手で掴んだ時に,自分の手と認知できない触覚性の半側身体失認を,ボーゲン(Bogen JE,1993)が英訳した際に,上記の症状として誤用したものが一般化した。


・私は↑の説明読んでも、さっぱりようわかりませんでしたが、↓の論文の説明を読むと、なんだかわかったような...(でも、わかってないかな?)(しかし、エイリアンに他人と言う意味があるのですかね???)


他人の手徴候と感覚性運動失調との鑑別が難しかった右頭頂葉梗塞の1例



【抄録】症例は73歳右利き女性.左手が自分の手のような感じがせず,勝手に動くことを主訴に救急外来受診.左半身の表在・深部感覚障害および左半側空間無視,左上肢の肢節運動失行を認め,さらに左手が自分の手の感じがせず,自分の意思とは矛盾して勝手に動くという他人の手徴候の特徴を有していた.頭部MRIでは右中心後回に限局する脳梗塞を認めた.本症例では,左手の異常行動と思われた症状が,他人の手徴候か,感覚性運動失調かの鑑別が難しかった.Posterior variantの他人の手徴候では,体性感覚路の障害の関与が考えられているが,感覚性運動失調と他人の手徴候の厳密な鑑別は,用語の混乱を避けるためにも重要である.
・この患者さんの「左手が右手の邪魔をする」という訴えをきいたら、何らかの精神疾患かなと思ってしまうのですが、こういう場合MRIを撮らないといけないようですね。ホント、事実は小説より奇なり。
以下日記
・5/21(月)にブログを書いて以来のアップです。こんなに長く書いていなかったのかなと自分でもびっくり。
・5/22(火)は、午前外来、午後大学で勉強。20時前に帰宅で、疲れていたので早く寝ました。
・5/23(水)は、午前外来、午後カンファレンス、夜間診療でした。幸いなことに早く帰宅。で、おとなしく寝ようと思ったのに、配偶者がワインを飲もうと言って、先日いただいたシャブリを二人で1本あけてしまいました。
・5/24(木)は、午前水島で産業医学科外来、午後倉敷市役所で公害健康被害認定審査会。そのまま直帰。一服して金光町の佐方コミュニテーハウスへ。浅口市の医療福祉の自主的勉強会でした。何らかのアクションを起こしてもっとつながりを広げようという話になって「カフェ」をしようと言うことになりました。(何らかの「お話
」付き)
・5/25(金)は、午前外来。体調不良。ついていた看護師さんもオヤジギャグが全然でなくてお疲れですねと察してくれました。午後は呼吸器回診。その後大学へ行って、「臨床研究講習会」。19時半前に終わり、おとなしく帰宅。(ちょっと前まではビールを飲んだ帰るつもりでしたが)
・5/26(土)は、大学で基礎統計学の集中講義。16時過ぎに終わり、大学院の後輩たちと「おかやまハワ恋ビアフェスタ」というハワイアンの舞台と地ビールの出店のイベントへ。明るいうちから後輩たちとビールをのんでおしゃべり。楽しい時間が過ごせました。
・本日5/27(日)は、9時前に病院に行って自分の研究と仕事。11時半ごろ帰宅。13時から15時過ぎまで久々のそば打ちクラブ。皆さん、「おう、久しぶり」と温かく迎えてくれました。久々にそば打ちましたが、ちょっと先生に手伝ってはもらいましたが、割とうまく打てたと思います。帰宅後一服して、庭と家の前の道の草刈りと、溝掃除。2時間位したでしょうか。おかげで、現在後頚部から背部、そして前腕がだるい・痛い。コップに水を注ぐのに手が震える状態。キーボード入力も結構ツライ。と、いうことでこのブログをアップし終わったら歯磨きして、さっさと寝ます。なんせ、明日は当直なので。

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