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今回の社会医学会で学んだこと:アドボカシー/宇都宮から帰還

社会疫学、健康格差の勉強をしているとアドボカシーという言葉が出てきます。日本ではその使われ方が二通りあるということに気が付きました。まず、リーダーズ英和辞典でadvocateをひいていみるとvt 弁護する、擁護する;唱道する n 主張者、唱道者;代弁者、擁護者というような訳、advocacyはn 弁護、支持;唱道、主張という意味が書かれています。つまり、自分が主張することと、誰かのために代弁するという二通りの意味があるわけで、健康格差関係で使われているアドボカシーはもともとどっちの意味なのかとおもっておりました。最初は、私は代弁するという意味と理解していたのですが、勉強しているうちに唱道するという意味でも使われているようで...

・今回の社会医学会の教育講演で「社会医学とアドボカシー:外へ内へ」というものがありました。講師は神馬征峰(じんばまさみね、東京大学・国際保健)先生でした。アドボカシーはオタワ憲章あたりから出てきたみたいですね。その内容は神馬先生の書かれている論文をご参照ください↓


アドボカシー実践に必要な 2 つの成長




グローバルレベルのアドボカシー: エイズアドボカシーからの教訓 





で、今回驚いたのは、アドボカシーのトレーニングと言うか教育プロブラムが提唱されているということ。アドボカシーもトレーニングでスキルがあがるのね。それについては↓


アドボカシースキル向上セミナーの報告 ―若手の声―




「動かす」力を培うためのアドボカシースキルアップ




とりあえず、今日はここまで。




以下今日の日記

・本日7/23(月)は宇都宮のホテルで6時起床。7時過ぎにチャックアウトしてJR宇都宮駅へ。駅前の餃子店で焼き餃子と水餃子の朝食をとり、お土産を買って、あとはひたすら岡山へ。14時過ぎに帰宅。汗ダラダラになったのでシャワーを浴びて出勤。16時から夜間診療。大きなことなく終了。帰宅は19時半。コロッケ、ミンチカツ、辛ラーメンの夕食。おなかがいっぱいになり過ぎてお風呂入れないので、このブログを書いております。さて、これから入浴してさっさと寝ましょう。


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宇都宮にて:寿司屋とバーはカウンターが命

・お久しぶりです。ちゃんと生存しています。また7/6,7と大雨でしたが、幸い私個人宅および勤め先の病院は無事でした。ただ、大雨に影響で当院の職員さん達が被災されているし、被災された方およびボランティアの方々が、調子が悪くなって入院や外来受診することがつづいています。また、山陽本線も完全には復旧していなく、私の家から岡山大学医学部に通学するのに結構支障があります。でも、無事ですのでご安心を。

・さて、7/20(金)より栃木県の宇都宮へ来ております。社会医学会という小さな学会へ参加するためです。そのことは、ボチボチ書いて参りますが、今日のブログは、今日のことのみ。

・今日は、午前中が学会。午後から学会の企画の足尾銅山見学ツアーでした。足尾銅山については学生時代公害に関する勉強をしたとき、一応学んだつもりですが、ほとんど忘れていました。また、新たな学びもあったように思います。思い出したのは、足尾銅山は鉱毒のみでなく、大気汚染の問題もあったということ。新たな学びは、被害にあった村民が北海道に移住させられたということ。もういっぺん足尾銅山について学び直そうと思いました。

・ツアーから17時半頃宇都宮市街にかえってきて、バスから降りてまず餃子をたべようとおもったら、たまたま大きめの文具屋さんがあり、そこでお買い物。ちょっとかわいい定規とマスキングテープ、ペンシル型の消しゴム、「すきま日記」を買いました。その後、餃子屋さんへ。焼き餃子と水餃子。それからホテルに戻って一服した後、バー・シャモニーということろへ。これは、私の同僚の友達のご紹介。まず良かったのは、禁煙だったこと。最初にジントニック(わたしにおける居酒屋での「とりあえずビール」感覚)。その後たのんだ季節のフルーツのカクテルはラムベースでマンゴー・パイナップルでしたが、濃厚でおいしかった。あとは、ギムレット。で、コースターがないので、マスター?なぜコースターを使わないのか訊いてみたら、グラスを置いたときの音を聞いてほしいからと。実は、気がついていたのですが、カウンターの木が一枚板でとても長く、とってもよさげでした。「これはただものではないな」と思っていたのですが、マスターこだわりのカウンターですね。(まあ、どこのバーでもカウンターにはこだわっているでしょうが)彼曰く、「寿司屋とバーは、カウンターが命」と。また、「コースターはぬれてひっつくじゃないですか。美しくない。」と。この「美しくない」というセリフは私が通っている疫学・衛生学の助教の先生がよく使っていた(現在ハーバード留学中)言葉。似たような人がいるんだなと感心。その後、有名餃子店みんみんへ。メッチャならぶようならやめようと思っていましたが、日曜日の夜で、ラストオーダー間近だったので並ばずに入れました。宇都宮に来て餃子屋はたしか6店舗は入ったのですが、一番接遇が良かったです。(わたしのfirst contctの駐車場を整理していた女性の守衛さんからしてよかった)お味は、水餃子がよろしかった。(結構酒に酔っていたので、味の評価はとてもあてにはなりませんが)

・まあ、今日は、私の生存確認のようなお話でした。明日は、朝チェックアウトして岡山へ。夜間診療に間に合うように帰ります。


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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY7:最後の試練:パリ市街閉鎖、ロストバゲッジ

皆様こんばんは。本日のブログは日本で書いております。ということは、無事日本に帰ってこれたということですが、それまでには、大変な苦労があったのです。

・本日7/2(日)は6時に起きて6時半に朝食済ませて、7時から散歩。(ぐっすり寝ている長女はほったらかし)ホテルから20分くらい歩いてオペラ座へ。その周りを1周して建物がどんなものか観てきました。途中中年女性から英語でスターバックスはどこですかと訊かれましたが、私もstrangerで分かりませんと応えました。帰りは地下鉄ののって二駅。地下鉄の乗り方は習得できたとおもいます。で、ホテル周辺を散歩しながら水が買えるようなスーパーを探しましたが、一つはあったものの閉まっていました。日本みたいにコンビニがあるわけではございません。長女が起きて朝食摂って支度して9時半チェックアウト。長女は散歩しながらタクシー拾おうと言っていましたが、でたらすぐタクシーが通りかかったのでそれに乗車。映画俳優のようなカッコイイお兄さんでした。ところが、ここで問題発生。タクシーの行く道行く道が閉鎖。なんと本日パリ市内のマラソン大会だそうで、いろいろ道が閉鎖されているのでした。問題は、何も表示がなく閉鎖されているので、そこに行ってはじめて通れないことが分かるという日本ではまず考えられないことが...お兄さんも大きな身振りで、さしずめアメリカ人のガッデームという感じでした。最終的には、この道がだめならバスでいってくれと言われてしまいました。。鉄道はまだしも、バスは大丈夫かとおもっていましたが、やっとパリ市街を出られる道がみつかり、すっとぱして空港へ。お兄さんにはちょっと多めのチップをおわたししてお別れ。あとはまずeチケットで手続き。荷物もまあ預けられたのでしたが、入国審査の行列が長いっ!それでやっと入国審査が終わり中には入れたら、我々の出発するゲートは電車に乗らないといけないので、それに乗って登場口まで。するとなんともう登場が始まっております。最初の計画では、余裕でついて空港内のお土産売り場でゆっくりお土産を買うつもりが、ジェンジェンそうではなく、とりあえず目の前のお土産売り場で目についたものを購入。で、搭乗。あとはフライト約11時間。今回席は長女と離れ離れ。私は三人掛けの真ん中。私の一番嫌いな咳ですが、左が若い娘さん、右がマダムでオッサンでなくてちょっと安心。(自分のことは超棚上げ)驚いたのは若い娘さんフライト中1回もトイレにいかなかったこと。マダムは2,3回行っておりましたが。私もそれに合わせてトイレに行きました。で、ここである仮説が:いわゆるエコノミークラス症候群を起こす人は、座席では真ん中の席が多い。何故なら水を飲んだら、トイレに行かないといけないが、真ん中の席だとなかなかいけないので、自然水分をとらないようにするから。これは、症例対照研究ができるかな。

・フライト中は、映画の『ジオストーム』(あまり期待してなかったけど、結構面白かった)や既にみた『スターウォーズ最後のジェダイ』とCDでモーツァルトの曲をアコーデオンでひいたものやバッハのフランス組曲等を聴いておりました。そして、無事成田に到着。入国審査は超簡単。パスポートの写真をスキャンして、その後目の前のカメラで写真を撮られて顔認証。その後、係官のまえにいくのですが、あっさりどうぞでおわり。そして、預けたいた手荷物をうけとりに。ここで事件発生。

・私の手荷物は比較的早く出てきたのですが、長女のがなかなかでてこない。最後になっても出てこない。で、カウンターへ。どうも荷物はまだパリにあるようで...なんかいろいろ手続きがややこしそうで、長女はやさしく「時間かかるから、お父さん先に帰っていいよ」といってくれました。私は心を鬼にし、涙を拭き拭きて岡山へ帰ってまいりました。(長女は、ただずっと父親といたくなかっただけかもしれません)

・帰宅は15時25分くらい。16時から外来ですが、間に合わないと思って代診をお願いしていたのですが、これなら間に合うと、出勤。16時から18時まで外来をいたしました。1週間も開けていると勘がくるっておりまして、電子カルテのパスワードも忘れてましたわ。で、無事外来が終わって、帰宅です。久々に湯船につかりました。で、夕食。日本の缶ビール飲んで、缶のジムビームのんで、現在山崎の水割りを飲みながらこのブログを書いています。さて、明日から完全に通常モードですが、果たしてついていけるか?私は不安だ。

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オランダ・ベルギー・フランスの旅DAY6:モンサンミッシェル

・6/30(土)は、μ(ミュー)という観光業者さんのバスで、パリからモンサンミシェルへ。長い!!メッチャパリから遠い。5時間弱バスでかかります。まあ、バスは結構いいもので、乗り物による苦痛はありませんでしたが。当然結構バスの中で寝ていましたが、ふと目を覚ますとまさに印象派の時代の絵の情景。牧草、牛や羊、木、おお、これはあの絵の世界と変に感激いたしました。行きの途中ポン・レヴェック村というところに休憩でよりました。全然知りませんでしたが、ポン・レヴェックチーズって有名だったんですね。お土産に購入いたしました。

参照 チーズクラブ 



・で、長ーい往路のすえ13時頃にモンサンミシェル近くに到着。まず、レストランで昼食。卵半分で作ったオムレツ+豚肉???の昼食。それからモンサンミシェルの観光です。残念ながら寺院の周辺は引き潮で干潟がでており、あの幻想的な海に浮かぶ風景はみられませんでした。それにしても、でかい。ちょっとこれだけでびびります。で、全然した無かったけど入り口はいってからちょっとの間「商店街」があるのですね。何か、映画で観る城の中の市場の感じ。そして長い階段をあるいて寺院の内部へ。やっぱすごいなと。テラスからみる海の風景および陸の風景もなかなかのものでした。(ノルマンディーとブルターニュの境を流れるクエノン川をみることができました。)モンサンミッシェルは、その建物のみでなく周りの風景ひっくるめて観光の名所なのですね。

・バスは16時40分出発。私と長女は別々に行動して集合地点にもどったのですが、長女はなかなか戻ってきません。結構一緒にこうどうしていてもはぐれたりするんですが、今回別々行動して失敗したなと焦りました。LINEで電話しても反応し無し。出発直前に思いもしない方角から長女出現。モンサンミシェルから駐車場までシャトルバスがでているのですが、降りるべきところを通り越してしまったとのこと。何とかバスの運転手さんに聴いて、本来の地点にもどってきたとのこと。運転手に聴いたと行ってもフランス語が話せるわけではない、英語も苦手。なんと昼食を摂ったレストランの写真をみせて分かってもらったとのこと。(その前ポン・レヴェック村に行ったときチーズを売っているお肉屋さんでカウンターに並んでいるタルトの様な軽食を娘が買おうとしたとき写真を撮ってそれをお店の人にみせればよいよというアドバイスがきいていたかも)

・娘と会えてホッと一安心。あとは長ーい復路。途中途中サービスエリアによって水とアイスクリーム買ってあとはひたすらパリへ。21時半近くにオペラ座到着。その後近くのレストランで夕食。コースではなく、前菜(タイ風サラダ)、メインディッシュ(サーモン)、デザートと赤、白のグラスワインをいただきました。あとは、ホテルに帰ってそのまま就寝。

・それにしても、死ぬまでの間にモンサンミッシェルに行けるとは思ってもいませんでした。多分パリには今回のことがなくても一度はいったと思いますが、モンサンミッシェルまでは、足を伸ばすことはなかったでしょう。長女に感謝です。ただ、残念なのは、モンサンミッシェルに行ったらそれだけで1日がつぶれること。バスに乗っている時間の方がながいということ。いたく残念ではあります。

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